第13話「残された手掛かり」

 

 アルサルとダン達がジュウへ向け出発してから、一週間ほどが経過していた。タライムの負傷、イブリースの死亡など、事件続きで慌しかった日々も、徐々に平静を取り戻しつつある。だが、彼女の心は未だに平静からは程遠い状態にあった。

 ルディロスから程近い位置にある、とある考古学研究所。その一室で、レインは机に頬杖をつきながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。季節は次第に秋から冬へと変わり、窓の外では木枯らしが落ち葉を空へ舞い上げている。空は分厚い雲に覆われ、太陽が顔を覗かせることはめったにない。

この空と同じように、自分の心も晴れることはないのかもしれない。レインは柄にも無く、そんなことを考えてしまっていた。

「……何やってるんだろ、私……」

 あまりに悲観じみた自分の考えに、思わずため息が漏れてしまう。イブリースの死以来、仕事はほとんど手につかず、上司からは休みを取るよう命じられた。もう、休みも何日目になるだろうか。三日、いや、五日も経っているかもしれない。にもかかわらず、レインは一向に仕事をする気にならなかった。以前は、あんなに一生懸命こなしていたというのに。

 原因はわかっている。レインが懸命に仕事をこなしていたのは、一刻も早くイブリースと一緒に仕事がしたかったからだ。だが、それはもう、一生叶わない夢になってしまった。

その夢が叶わないとわかったら、とたんにやる気が出なくなる。自分にとって考古学とはその程度のものだったのかと思うと、レインは余計に情けなかった。

「……ちょっと、外に出ようかな」

 このまま部屋にいても、余計に気が滅入るだけだ。レインは室内着のまま上着だけを羽織ると、部屋を出て研究所の玄関に向かった。おぼつかない足取りのまま、玄関へとつながる廊下を歩いていく。

「おい、レイン」

 すると、廊下にいた見知った顔の職員が一人、声をかけてきた。

「お前のポスト、宅配物で溢れかえってるぞ。ちゃんと回収しておけよ」

「あ、すいません……」

 そういえば、ここのところ自分のポストなどチェックしていなかった。職員用のポストは玄関のすぐ手前にある。玄関に向かうついでに、自分のポストにも寄っておくことにした。

「うわぁ……」

 自分のポストの前に辿り着いて、レインは思わずそう声を漏らした。ポストにはあらゆる宅配物が詰め込まれ、入りきらなかった分が床に散乱している。あまりにひどい有様だった。

「これじゃ、怒られるのも無理ないよね……」

 一つため息をつきながら、床に散らばった手紙や広告を拾い上げる。広告はそのままゴミ箱に捨て、手紙はざっと送り主を確認した。どれも、それほど重要なものではないようだ。

「ま、これなら大丈夫かな……」

 続けて、ポストの中身をチェックするべく、溢れそうな宅配物を手で押さえながら、慎重に取り出していく。広告らしきものはすぐにまとめて、ゴミ箱に捨ててしまった。

「後は手紙か……」

 10通程度はありそうだが、さすがに無視するわけにはいかないだろう。レインはひとまず1通ずつ、送り主を確かめることにした。封筒を裏返しながら、送り主の名前を確認する。すると、宛名の一つに見覚えのある筆跡があった。

「……この字って……」

 すぐに裏返して、送り主を確認する。そこには、予想通りの名前が記されていた。

「先生!?」

 送り主は、今は亡きイブリースだった。到着した日付は、今から一週間前。丁度、イブリースの死亡が確認された翌日だ。

 レインは大慌てで自分の部屋に帰ると、他の手紙をベッドに放り投げ、逸る気持ちで震える手を抑えながら、なんとか手紙の封を切った。中身の便箋を取り出し、机の上に広げていく。そこには、見慣れたイブリースの字でこう記されていた。

『レインへ。勉強は順調に進んでいるかい? 最近、学会でも君の噂を時々、耳にするようになった。僕としても非常に喜ばしいことだ。そこで、僕からも君に仕事を依頼しようと思う。もちろん、僕も一緒に行くつもりだが。さて、その依頼の内容というのは、ラムダイル遺跡の探索だ。この遺跡は昔、アルマンシア大陸から移民した者達が作った都市だと言われている。君も、一年前に起きたアルマンシアの爆発事故は知っているよね? 実は、爆発事故の一月ほど前に、僕の知り合いの学者がアルマンシア大陸の遺跡の調査に行ったんだ。だが、彼はその爆発事故に巻き込まれて亡くなった。これは後に調べて分かったことなんだが、あの爆発事故の現場と、彼が調査する予定だった遺跡の場所は非常に近い。僕は、彼の行った遺跡調査と爆発事故に何らかの関係があるのではないかと考えている。現在、爆発事故のあった場所は封鎖されていて、立ち入ることが出来ないが、彼は今回の調査が終わったらラムダイル遺跡に行くつもりだと言っていた。もしかしたら、ラムダイル遺跡に爆発事故に関する何らかの手がかりがあるのかもしれない。ただ、ラムダイル遺跡には色々と危険な噂もある。そこで、腕のたつ調査員を集めているんだ。君はもう立派な学者だけれど、是非、同行して欲しい。詳しい日時はまた追って連絡するよ。それでは、調査の日に会おう。』

 手紙を読み終えたレインは、再びそれを封筒にしまうと、大事に机の引き出しに入れた。

 もうあと少しで、夢が叶うはずだったのに。そう考えると、つい目頭が熱くなった。

「いけない……」

 ぱん、と自分の顔を両手で叩き、涙をこらえる。泣いている場合ではない。これは、イブリースが自分に残してくれた、最後の言葉。イブリースを殺した犯人は、レバンを殺した犯人と同じ可能性が高いと、ティアから聞いていた。ならば、爆発事故について調べていけば、やがて犯人に辿りつけるかも知れない。

「行かなくちゃ……」

 完全に燃え尽きていたはずのレインの心に、再び火が灯った。この調査は、何がなんでも成功させなければならない。だが、それには一つ問題があった。

「危険、か」

 イブリースの手紙によれば、ラムダイル遺跡は危険な場所のようだ。レイン一人では、調査を成功させるのは難しいかもしれない。

 腕のたつ仲間が必要だ。しかも、研究所の仲間達はそれぞれ仕事を抱えており、レインの私的な調査に同行する時間があるはずもない。研究所の仲間以外で、しかも腕のたつ者。こうなると、選択肢はかなり限られていた。

 レインは自分の部屋の本棚から、最新版のALT名簿を取り出した。傭兵を雇うお金はないし、傭兵の腕は自分で確かめなくてはならない。だが、厳しい試験をくぐり抜けたALTなら、その腕は折り紙つきだ。彼らがもっとも間違いない。

 ページをめくりながら、協力してくれそうな人物を探す。アルサルとエミリアはティアに用事を頼まれたと言っていた。仕事を始めてからも数人のALTと知り合ったが、どの人ともすぐに連絡を取れるわけではない。

(ALTはダメか。こうなったら、傭兵を雇うしか……)

 レインがそう考えて名簿を閉じようとしたその時、名簿の最後のページに見覚えのある写真を発見した。

「いた……」

 レインは思わずそう呟いて、写真の下に書いてある文字を読み上げた。

「現最年少記録保持者、カリオン……」

 

第13話 終